「ヴァージンビーチを探してる」と、そのアメリカ人は言った。彼は自称『ビーチハンター』、世界を旅行して手つかずの無人ビーチを発掘しては、記事に書いている旅行ライターだ。
そこは、ミャンマーの首都、ヤンゴンから南東へ600㎞離れたダウェイ(Dawei)という街。ミャンマーの観光開発は、一部の地域を除いて、まだまだ始まったばかりである。そのため、ダウェイからアクセスできる長い海岸線には、美しいビーチが広がっているにもかかわらず、手付かずになっている砂浜が多い。
ダウェイの近くに、比較的開発が進んでいるビーチがある。「 マウマガンビーチ(Maungmagan)」。
ダウェイから12㎞の距離にあり、レストランやゲストハウス、ホテルがすでに立ち並んでいる。今も、新しいホテルの建設が進んでいることと想像する。
マウマガンビーチだけが突出して観光地化されているのは、ダウェイの街に近いうえに、観光バスや土木工事のための大型車両が入れる道路がきちんと整備されているということが理由の一つになっていると思う。
ダウェイ近郊の無人ビーチが開発されない理由
「ビーチハンター」に出会った翌年、私たちは再度ダウェイに赴き、彼の「ビーチハンティング」をトレースするように、マウマガン以外の無人ビーチを探して訪ねた。
ダウェイ周辺のビーチはマウマガン以外、ほとんど開発が進んでいない。
宿泊施設はもちろんのこと、レストランやシャワー、着替える場所もない。本当に手つかずの「ヴァージンビーチ」なのだ。
その理由は、訪れてみると分かるが、ほとんどのビーチへのアクセスが不便な点にある。
ダウェイから数十キロもバイクを飛ばして、さらに山をふた山ほど上って降りるのだけれど、バイクが2台並べば道幅いっぱいになるくらいの狭い道路で、急こう配、しかも鋭角なカーブが多い。
このため、車では小さな軽トラックでも、かなり往生するだろう。
また、ミャンマー政府が未だ閉鎖的であることも、開発が進まない理由の一つになっているみたいだ。
その年に同じゲストハウスで会った、ヤンゴン在住のフランス人実業家によると、未だ外国資本はなかなか参入しにくいとか。
そうでなければ、タイ人や中国人がとっくに観光ホテルを建設していることだろう。
観光開発が進めば、小さな漁村は豊かな街になるかもしれない。しかし、観光化による富と引き換えになるものが、無いわけではない。
ミャンマー最大の観光地、バガン
アジアには三大仏教遺跡がある。カンボジアの「アンコール・ワット」、インドネシアの「ボロブドゥール遺跡」、そしてミャンマーの「バガン」だ。
この中で、ミャンマーのバガンだけは、ユネスコの世界遺産に登録されていない。それでも、年間多くの観光客がこの地を訪れ、小さな村だったバガンは一大観光地となった。
バガンはイラワジ川中流に位置する平野部にあり、11世紀から13世紀にかけて建設された大小さまざまなパゴダや寺院が乱立する。その風景は圧巻で、特に、点々とそびえるパゴダの塔が夕陽に照らされている景色は美しい。
けれども、その足元を見れば、あちこちで、かつては田畑だったと思われる土地がほとんど放棄されてしまっていた。
大型観光バスが乗りつけ、白人やら中国人やらが吐き出され、嵐のように帰っていたあとに散乱しているのは、彼らが残していったゴミである。
小さな子供たちが、観光客目当てに徘徊し、土産物を売ったり、パゴダ観光用に懐中電灯(パゴダの内部は照明がなく、暗い)を貸し出していた。
すっかり枯れ果ててしまった畑の横の小さな家では、彼らを待つ親がタバコの煙をくゆらせていて、子供たちがまともに稼げないで戻ってくると鞭でたたく。
多分彼らの目には、外国人観光客はお金(マネー)にしか見えていない。
東南アジア観光地にあふれるゴミ
Mrauk U, Myanmar, Sittaung Paya ミャンマー、ミャウウー(ムラウー)の仏教寺院回廊
ミャンマーの西部にムラウー(ミャウウーMurak U)という小さな街がある。バングラデッシュ国境に近く、ジャングルに囲まれた古代遺跡を見学できるが、このエリアは宗教的な理由から殺戮が繰り返されていることもあって、長く外国人観光客は空路でしか入ることができなかった。
数年前にムラウーまでの陸路が外国人観光客にも開放され、私たちは2015年にこの地を訪れた(*注釈)。
ヤンゴンからのバスを乗り継いでムラウーについたのは、真夜中。
小さな街で観光名所もあるといっても、夜は真っ暗、レストランもゲストハウスもみな閉まっていた。その中で、なんとか宿を見つけることができたわけだけれど、街の小さな橋を渡った時の悪臭が気になっていた。
朝起きて、その場所に言ってみると、小さな川の土手がゴミであふれかえっていたのだ。
問題は、大量のプラスチックゴミである。
バナナの皮や魚の骨、ブロッコリーの芯などの有機物は、自然の中にそのまま放置しても分解されてすぐ土に返る。しかし、プラスチックはそう簡単には分解されない。
そのことを知らない現地の人たちは、バナナの皮を川に捨てるように、プラスチックの容器や袋を投げ捨てる。
これは、ミャンマーに限ったことではなく、世界の発展中の国々で起こっている話。
プラスチックは便利なものだけれど、それをどのように処理するかを教育しないで導入すると、あっという間にゴミの山になってしまう。
日本を訪れたことのある外国人に日本の印象を聞くと、必ずと言っていいほど耳にする形容詞が「Clean(清潔)」だ。私たち日本人は、小さいころから「自分のゴミは持ち帰る」教育を受けている。
日本の教育がすべて素晴らしいというわけではないが、こういう「しつけ」は、長く続けられてきた「教育」のタマモノである。
ツーリズムと環境汚染
観光地化によって、その土地に住む人が豊かになりその国の経済が強くなるのは良いことだと思う。
東南アジアでは、ツーリズムで大きく成功したのがタイだ。ミャンマーもカンボジアもベトナムも、さらにはモンゴルに至るまで、観光に携わる人にとってお手本となっているのが、タイである。
東南アジアの中にあって、宝石のようにきらめているタイ。近隣の国から陸路でタイに入国すれば、その経済力の差は一目瞭然である。
しかし、ツーリズムの恩恵にあずかる人がいる一方で、マネーに目がくらんで人間性を失う人もいる。
美しい自然を破壊するのは、いつも人間だ。冒頭に紹介したミャンマーの無人ビーチも、遅かれ早かれ開発されて汚染が進むだろう。
またダウェイには、大型船が乗り入れできる港建設の計画もある。
道路整備が進む中、港が完成すればタイのバンコクまでの物資輸送コースが大きく塗り替えられる可能性が高い。ダウェイからバンコクまでは約350㎞。
この通路が開通すれば、マラッカ海峡、つまりシンガポールを介せず、香港やベトナムからの物資が西へ抜けることになる。
この輸送プランが現実化すれば、その道路沿いの小さな村々も大きく変化することになるだろう。
開発やツーリズムによって、豊かな暮らしができるようになるのは、喜ばしいことだと思う。
しかし、私の脳裏に焼き付いて離れないのは、プラスチックボトルのゴミに囲まれた家の窓から、私たちの方に向かって無邪気に笑いかける子供たちの笑顔なのだ…
*注:この記事投稿時点(2018年7月末)で、このムラウー行きのルートは閉ざされているものと思われます。状況は刻々と変化するので、旅行を予定されている方は最新情報を収集してください。